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Re: ★【 Calend Mate 】で、

 投稿者:K.Oka  投稿日:2020年 1月11日(土)11時01分53秒
編集済
  >【四緑木星】始まりになりますが、何とか?なりませんか?。
2019年から2020年にかけては九星の閏が入ります。この閏を入れるタイミングは2019年の冬至付近もしくは2020年の夏至付近の2通りあります。Calend Mateでは2019年冬至付近に閏を入れる方式を採用していますので、2020年夏至付近を採用している方式とはずれが生じてしまいます。

九星は明治になって登場した占いの一種で、占術の流派によって配当が異なっています。このため、どれもが正しいということになり、最終的にはユーザ側がどの流派を信じるかになるかと思います。

Calend Mateのアルゴリズムにつきましては、備忘録の記事をご覧ください。

# したがって、何ともなりません(笑)
 
 

★【 Calend Mate 】で、

 投稿者:cdma  投稿日:2020年 1月11日(土)02時12分9秒
編集済
  お初です。少し…お世話になります。(笑)!

2020年1月1日 (元日) 癸卯 赤口 の日は【四緑木星】始まりになりますが、何とか?なりませんか?。

◆宜しくお願い、致します、です(笑)。
 

戦争末期コテツ設備移転で送信1・受信1,増設で送信1・受信1の計画で実施は送信1だけ

 投稿者:高木三郎  投稿日:2019年 6月20日(木)01時11分45秒
  戦争末期ころコテツは関東地区で、送信設備を小山で第2局舎新設で増設された。受信設備で福岡受信所増設困難で千葉県に上総受信所開設移転計画されたが戦況悪化で幻に増設は小室受信所が担った。関西地区では送信設備移転で兵庫県の丹波篠山に送信所新設、依佐美送信所短波施設と河内送信所の短波電信送信機を移転(河内から出張者もいたが当時詮索するなで進捗は不明)終戦で幻に、小野受信所増設困難で大阪府の淡輪中継所に受信所新設で増設(計画は中継所開設ころからか社宅は三分一が中継所用・三分の二が受信所用:当時大阪支社などが利用、中継所事務棟の三分の二が受信所用であった。したがって敷地は相当広かった終戦で幻に、(令和改元に兵庫県の篠山市は丹波篠山市に変更された。したがって「丹波篠山」の名称はコテツの丹波篠山送信所の方が先だった。  

Calend Mateの新バージョン

 投稿者:K.Oka  投稿日:2019年 4月 3日(水)21時21分33秒
編集済
  新元号並びに2019年~2020年の祝日変更に対応したCalend Mateの新バージョンは、来週中頃にVectorにて公開の予定です。

【2019年4月10日追記】
本日、Vectorにて公開しました。
 

新元号

 投稿者:ビスタカー  投稿日:2019年 4月 2日(火)00時02分10秒
  新元号は「令和」に決まりましたね。これもCalend Mateで対応お願いします。  

海外放送用(50KW)で硫黄島向け「特別放送」送信の河内

 投稿者:高木三郎  投稿日:2019年 3月19日(火)10時56分35秒
  昭和20年3月11日、海外放送監督情報局係官「AK~BK~河内」放送打合線で硫黄島向け「特別放送」の連絡が入った。午後6時前社宅の所員も送信調整室に集まった。雑談する者は居なく放送調整盤前に整列した。(当時河内から送信の海外放送は偶数時に、午前6時北米向けで始まり8時インド方向、10時南方向を順次東え、午後4時南米向け6時日没で電波状態悪く放送計画無し、8時北米向け9時終了で1日の放送は終わった。硫黄島「特別放送」は6時の時間帯を利用で、5時南米向け終了でアンテナ方向はそのままで送信した)
海外放送調整盤モニター前の皆は放送開始で直立不動少し頭を垂れ聴いた。放送は「越後獅子管弦楽(長演奏)愛国行進曲・軍歌・童謡の演奏で士気を鼓舞、次いで軍高官の激励が続き、感状の授与・階級特進の伝達など・・・」全く軍主催の放送で、1時間の放送は短く感じ国歌「君が代」演奏で終わった。社宅の所員雑談する者はなく静かに帰った。
翌朝「コテツカワチ」に大阪中央電信局(無線電信局)経由で硫黄島から電文が入った。軍司令官の感謝の電文でその最後に「・・・本土防衛の礎に全軍一丸突撃します」があった。
一週間後18日朝、勤務引き継ぎに悲痛な感じの勤務明け者「夜半硫黄島回線通信途絶し軍は通信を打ち切った。職場は派遣軍属を考慮で1時間毎5分試験符号に続け「こちらは健在なり応答せよ」(E符号モールス)で呼び出し応答なし、これを一週間続け応答なし確認で硫黄島回線は停止された。(河内運用の軍通信10回線は、硫黄島回線を最後にすべて停止された)
 

海外放送で「試験放送」送信した河内

 投稿者:高木三郎  投稿日:2019年 1月 5日(土)01時33分56秒
  海外放送送信運用輪番勤務1年で、私の組で試験放送は1回あった。3月東京空襲のとき、午後8時~9時北米向けで、7時58分ころテーマ音楽「越後獅子」管弦楽演奏が送られた。音声レベル低い調整で上げるさらに低く雑音混入で断になった。短波受信機運用で複数波送信の片方八俣の海外放送受信、方向の通合で雑音混入海外放送には使えない。試験放送実施で一人が米国向け音楽レコード盤を倉庫に取りに行く、試験放送テストそのとき放送中継線正常になった。海外放送送信KEYに手がいく、放送内容確認で驚いた「空襲警報を叫ぶ国内放送」だった。
試験放送開始「This is radio Tokiyo in Japan」と発声、(吾ながら迫力ある音声)次いで「米国向け音楽演奏(記憶にあるのは「奥様お手をどうぞ」だけ)ときどき試験放送・海外放送の周波数の周知、9時国歌「君が代」演奏で試験放送は終わった。
(米軍東京空襲で警報の国内放送を北米に送信しなく安堵した)
当時送信の海外放送監視は情報局指示で送信所が担い、放送番組表と異なる放送の場合は直ちに送信停止該当国の音楽演奏試験放送にする監視体制がとられていた。
 

謹賀新年

 投稿者:K.Oka  投稿日:2019年 1月 1日(火)00時01分44秒
  明けましておめでとうございます。旧年中は皆様に大変お世話になりましたことを感謝申し上げます。また公私共に多忙だったためレスを返すことができませんでした。申し訳ございませんでした。

本年もOka Laboratory: 短波研究室・プログラミング研究室・路上観察研究室およびOka Laboratory 備忘録をよろしくお願い申し上げます

己亥年(平成参拾壱年) 正月
 

投稿の訂正(南方総局→南方総軍)

 投稿者:高木三郎  投稿日:2018年12月24日(月)11時01分30秒
  話題の日本放送協会による海外放送で、 南方総局は南方総軍で訂正します。
南方総局は「コテツ(国際電気通信(株))」での名称、南方総軍軍政の
通信施設を担う管理機関で、他に香港支社・海南島支社などありました。
終戦ころ日本放送協会の多摩からの海外放送は、海外局の現場ではなく管理者
らが実施(知るのは数人と)で、英語はできると思うが○○に近いと想像?
当時海外放送の日本語名称は「東京ラジオ」と言った。
したがって外国日本語放送も「・・・東京ラジオによれば・・・」
「This is radio Tokyo in Japan」で
私もラジオ東京と言っては先輩に怒られたこと何度か、
 

終戦後連合国側に許可の情報通信回線について

 投稿者:高木三郎  投稿日:2018年12月23日(日)11時58分16秒
  終戦後国際「情報通信」回線で連合国側に許可されたのは、1、在外将兵邦人向け日本語放送、
2、東京~ジュネーブ電信回線、大阪~ストックホルム電信回線、 3、軍連絡用電信回線のみ
他の国際通信は停止された。 海外放送に使用された「国際周波数 E 」は剥奪された。
(同盟通信の放送電信 送信はコテツ小山でA型短波20KW電信送信機6台・アンテナ22面
 使用停止、話題に同盟通信は発信のようで、コテツ多摩から東亜向けで送信か?)
許可の元回線について、 昭和19年秋のころ政府部内は関係者に密命伝達し終戦に動きはじめた。10月1日関係のコテツ送信所の若い通信技術者に情報局総裁の密命伝達と、確保の情報通信回線は決められた。1、情報局:日本放送協会海外放送、2、外務省:中立国への国際電信回線、
3、軍:参謀本部~各方面軍司令部電信回線、1と3は終戦後は呼称変更された。そのとき終戦の動きを感じ使命感で緊張した、(米軍察知か関係施設の爆撃目標は外され継続され終戦に幸いした。知るのは海外放送停止された9月4日、米軍進駐の通信確保でコテツ河内に来たとき、最初の発言は、「ここは終戦に支障ないよう1年前から爆撃目標外した」と笑顔で言った)
話題に終戦ころ情報局によらない日本放送協会は多摩から送信で、南方総局から怪電波と言われ停止は、海外放送らしくないような放送するから?と思う。
 

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