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全82件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  |  《前のページ |  次のページ》 

パソコン日記より

 投稿者:平野大太郎  投稿日:2006年10月10日(火)12時24分9秒
      句集「鵙」(2)                              10月7日・土・2996年
亡父の句集「鵙」には鵙の句 が多い。庭の西南隅に小さい笹藪があった。そこに鵙が年中住みついていた。その生態を丹念に写生したものとわかる。鵙は俳句では秋の季題とされている。秋は繁殖を終わって専ら冬の食料確保の時季である。そこで自分の縄張り宣言の高鳴きをするのである。鵙咆ける(たける)と言へるのではないか.おなじみの高鳴きである。亡父の場合は鵙の年中を写生している。列挙しよう。「巣立つ子の囀る鵙となりにけり」「春雨に争うごとき番い鵙」「春愁はかの鵙鳥の囀りに」「巣作りに鵙美しき毛羽持てり」「鵙鳴くや石蕗花を上ぐるとき」「猛る鵙水に影して高枝より」「大寒の鵙藪中に枝うつり」
句集「鵙」の絵は亡父と同郷の北川画伯の作品だがわざわざ鵙を探しての写生だとその苦心談を覚えている。見開きの絵は郷里兼六園の日和山である。。句集「鵙」の命名は選者の伊藤氏であったと思う。
余白がある。懐かしい句を列記する。「たんたんと餅つく兄を見て弟」「ビール飲むや庵の峡庭に山河有り」「語激して電話きりたりちちろ虫」いずれも亡父の生活を思い出す懐かしい俳句である。
 

パソコン日記より

 投稿者:平野大太郎  投稿日:2006年10月 7日(土)11時19分31秒
      応接間セットの修理                            10月6日・金・2006年
応接間セットのスプリングが痛んだだので修理することにした。馴染みの工務店に相談した。修理よりも新品調達を勧める。理由は修理部品がないかも知れぬ。職人の工賃や運搬費を思うと新品調達の方が有利であると言う。家電製品の買い換えと同じ論理である。家電製品には新機能がある。新品家具なら気分一新の効用はあるが家電と家具ではやはり違うようである。第二の工務店に相談する。張り替え修理も行うと言う。費用も新品の80%ですみそうだ。市場事情が変わっている。修理専門の職人は経営が成り立たない。ただ家電と違い。メーカー直属の職人が修理作業もやるのである。家具は家電のような大量生産にはなっていないのである。事に当たってみて。事情は氷解、了解された。応接間セットの修理で市場事情を知ることになった。修理の効用を考えてみよう。費用が20%節約できた。大型ゴミ、廃棄物を出す必要が無くなったのは社会的に大きいのではないだろうか。更に応接間の限られた空間に苦労なくフィットした、周囲のムードにもフィットした。イギリスでアンチーク家具が珍重されると聞く。我が家の家具はアンチークとはいえぬがそれでも70年使ってきた。私には亡父と購入当時の懐かしい記憶がある。 新品で気分一新には成らなかったが、効用は充分あったと満足である。セコイ言い訳をするつもりはない。一寸した世相の出来事と一筆記録してみたのである。
 

パソコン日記より

 投稿者:平野大太郎  投稿日:2006年10月 6日(金)16時07分49秒
      句集「鵙」平野不捨遺稿                        10月5日・金・2006年」
「同名の俳誌に鵙のえがかれて」俳句会今月の兼題が鵙なので作った俳句である。駄句だが此の句集「鵙 」は私には懐かしい句集なのである。私が編集した亡父の句集である。亡父の同郷の北川金鱗画伯によって鵙が表紙に画かれている。題字「鵙」は丸紅の創始者で亡父の畏友伊藤忠兵衛氏の揮毫である。見返しには金鱗画伯によって金沢兼六園がえがかれている。ともに画伯の好意による特別の制作である。亡父は生前鵙の生態を観察して愛好し多数の作品を残している。その作品総数は8000句に及び。1万句に達したら句集を編みたいともらしていた。余命及ばず、昭和11年52歳で没した.遺志をついで伊藤氏に選句をお願いして約400句の句集となった。亡父の俳句は晩年の病気に始まる。昭和4年頃だから前後7年ほどに8000句を作ったことになる。驚きである。亡父は官界から大阪実業界に身を投じ。大志を抱きながら病気に倒れた。俳句に託した思いは私には語り尽くせない、俳号「不捨」はその心情を託したものと思う。亡父の昵懇の老僧は大不捨の下不捨ある所以と揮毫しておられる。伊藤氏の「鵙の由来紀」と題しのて序文がある。友情と俳句の師弟関係は読みなおして感銘を覚える。私の後記は面はゆい程心情を吐露している。亡父はその父木久に啓発され、姉みちこは亡父の俳句会を手伝った縁で。晩年俳句句集を編んだほどである。亡父が少年の私を詠んだ懐かしい句。「水泳や少年海の底を行く」「泳ぎ来て微笑の面近ずきぬ」「囀りや子の音読を妨げず」姉を詠める「歌留多読む我が子の声でありにけり」鵙を詠む。「春愁はかの鵙鳥の囀りに」懐かしさに一文を書いた。この句集戦禍に原稿をうしなった。検索すると著名図書館に収蔵されている。
 

パソコン日記より

 投稿者:平野大太郎  投稿日:2006年10月 1日(日)17時01分8秒
      「司法」に思う                                      9月30日・土・2990
司法出身の私は司法制度に関心が行く。長年アメリカは訴訟社会で日本もいずれそう成ると言われた。日本では弁護士が不足である。その園要請は司法試験から始まる。これが合格率が低い。難試験の代表とされ国民の常識となった。おかげで私はむかし在学中に司法試験に合格しましたと言うわけで大変評価をえたものであった。そこでその見直しが始まった。法科大学が新設置されたのは数年前。その卒業生の第一回の司法試験が行われたのである。制度上今年は法学経験者の二年卒業者の試験である。来年は法学未経験の三年卒業生の試験が加わる。今年の実績は合格者1009人、その合格率は48%、合格法科大学院は中央大、東大、慶大、京大だという。従来制度の試験合格率は3% 7年度には合計2000人に達し得る予定、是が判事、検事 、弁護士となる。いかなる制度もその成否は運営と時代の推移による、努力は成されているが前途多難である。今司法支援センター愛称「法テラス」も出発する。安部内閣発足と共に明るい前途が開けて欲しいと切に望む。私は戦後生まれの安部内閣に国民を明るくする諸般の努力、宣伝を期待したい。今は日本の出発点の国民の合意が期待される・メヂア、マスコの自覚と徒奮起を期待する。安部首相の言(施政方針演説)や良し。政官財の大合唱はおこらぬものか。
 

パソコン日記より

 投稿者:平野大太郎  投稿日:2006年 9月28日(木)12時12分25秒
      安部晋三内閣成立                             9月26日・火・2006年
記者会見をゆっぅり視聴した。抱負を原稿なしで語った。予想以上であった。首相たる者政策の枝葉は不要、日本の将来像を語れとの私の主張は一応満たさた。激することもなく、坦々真摯でりっぱであった。記者団は静かに聞いた、ただ翌日の記事には見あたらなかった。慷慨を略記する。日本を美しい国、活力ある国、易しい国にする。それには人材の育成、イノベーション(技術革新)、オ^プン(譲歩後悔)が必要だ。オープンとは果たして社会保障はいくら得られるのか国民が知りうる権利即制度の構築である。人材育成即教育の改革である。誰もが利用できる公立学校の充実が必要国民だ周知できる制度の構築が必要。外交は日米同盟運営の強化,停滞している日中韓国のぁ関係復活、特に韓国は自由民主法治の理念は一致している。国連重視。常任理事国いりを目指す。閣僚は適材適所配置を目標とした。た首相選出選挙の論功行賞の批評はあたらない。閣僚のコメント応答も、そのみちの「専門家らしい言説が聞けた伊吹文部の言説は出色。メヂアは早速教育右傾をろんずるのだろうか。世耕広報担当補佐官も私の主張の政府のスポ^クスマンをはたしてくれるのか。甘いといわれても私はこの阿部内閣の明るい前途を望みたい。
 

パソ、コン日記より

 投稿者:平野大太郎  投稿日:2006年 9月26日(火)11時09分40秒
       「しゃっくり」戯筆                             23日9月・土・2006年
「しゃっくり」は俗語だろうか。試みに字引を見る。吃逆の文字が見つかった。是が正規の呼称だろうか。夕方からしゃっくりが止まらない・しゃっくりは横隔膜の痙攣であると聞いたことがある。それなら、腹式呼吸が有効だろうと試みるが効果はない。寝てしまえば朝にはとまっているだろうと、寝にくいので睡眠薬を服用して就眠する。是は成功して朝まで常に無く快眠する。期待のしゃっくりは一向に止まっていない。ガッカリである。実はしゃっくりは少年の遠き昔以来記憶がない。食べ過ぎたときに、鼻をつまんで水を一気に飲んだ療法をフット思い出した。試しに実行。見事に成功である。漸くしゃっくりから開放された。少年時のおぼろな記憶が幸いにも奏功した。迷信、俗諺も馬鹿には出来ない。ところで今回のしゃっくりの原因を考える。実は義歯の修繕のために一日咀嚼なしでお粥をすすって居たのである。思えば食道に食べ物が停滞していたらしい。それで水の一気飲みが奏功したと推察して間違いは無いと思われる。改めて咀嚼のの重要性を思う。この頃老人の飲み込み困難症の話をきく 。老化問題も難しい。翌朝歯科医院でしゃっくりが話題になる。速効の薬はないらしい。迷信治療法の冗談に終わる。
くしゃみ戯筆と名付けて読者の寛容を請う所以である。
 

パソコン日記より

 投稿者:平野大太郎  投稿日:2006年 9月15日(金)12時00分2秒
      「随想」ある大正人の人生                      14日9月・木・2006年
全稿でちょっと触れたが是は私の30年前の随筆集である。32ぺーじの小冊子だが、俳句集(八尾ロータリークラブ風林句会の同人句集)の他こんな印刷物を作ったことはなかった。此の句集も私の始めての著書と密かに喜んだのも昔の想い出である。そんな時だからこの随筆集発行には相当抵抗躊躇があった。クラブ会員の三上さんが背中をおしてくれたし手伝ってくださった。白状すると私の手書き原稿は悪筆で読みにくい。印刷屋の協力で、完成した。実はこの原稿は昭和30年代に書き貯めたもので、原稿は随筆集所載の10倍ほどあった。残念ながら残りの原稿は紛失している。原因不明、今でも臍を噛む思いである。50年前と言っても子供の原稿ではない。40歳漸く大人の思想の完成に近づいた時代の作品である。最近読み返して懐かしく、私の人間完成の道程を覗きみるようで、感慨に耐えぬのである。ワープロもパソコンも考え及ばない時代である。学者でもない一介の市井人の随筆集完成は想像以上の感激喜びであったと告白する。内容は①信仰②随想③銀行と言うところ④花⑤私の読書⑥猫⑦ささやかな喜び⑧伊藤整著「文学と人間」について⑧映画「喋々夫人」を見て。以上である。①は他力の浄土宗、自力の禅宗をみて、前者に安らぎを、後者に人間の向上を見て両者折衷の宗教観を夢みている。いまも基本観念は変わらない。②は理屈3分、生きる勢い7分を作家作品からヒントにしている。③は銀行は少し借り手の都合を考えよと説く。大銀行が破産する時代のずっと前である。④花好きの心理を花を見るより菊苗の植え付けに託している。⑤乏しい読書から感慨を語る。今も変わらない⑥愛猫の頓死に死を考え、脳死の法制化を思う。⑦では下手な詩を披露する。
 

パソォン日記より

 投稿者:平野大太郎  投稿日:2006年 9月10日(日)12時14分13秒
      直木賞「風に舞いあがるビニールシート」を読む   9月10日・日・2006年
主人公は黒佳、外資銀行OLから、思うことあって給与の少ない国際難民高等弁務官事務所(UNHCR)に移る。採用試験官の1人がアメリカ人のエドである。試験の最後、エドの質問に国連のオッフィスは欧米的で上下関係、しがらみ等のつまらない人間関係に煩わされないと聞きましたからなどと問答を重ねる。或る動機で二人は結婚する。エドは現地(フイールド)指向で東京事務所には年に数日しか帰って来ない。黒佳は主婦に目覚めアパート住まいの家庭らしい設営に凝るがエドは関心を示さず却って嫌忌さえ示す。それでも7年の結婚生活の末、愛し合いながら離婚の結論に至る。エドはアフガニスタンの現地で死ぬ。現地へ出張した日本人記者からエドが無辜の少女をかばって、撃たれて死んだ事実を聞かされる。エドのフィールド指向の熱情を再認識する。黒佳は誘われるまま思いもしなかった現地勤務を決意する。小説は是で終わる。70ページの短編である。選者の林真理子の激賞に乗せられたのか、文章の巧みさか,素材の新鮮さか、抵抗無く読了する。
これで今年の直木賞二作、芥川賞(八月の路上に捨てる伊藤たかみ)を読み終わる。三作の内、是を一位とし、他の二作も昨年の様に酷評の気持ちはない。
話は変わる。「随想ある大正人の人生」是は私の20年前に作った30ページの随筆集である。(内容は30年前の労作)その中に「私の読書」の一遍がある。昔は今読む書物から何か収穫知識を得ようと思うから読書は苦しかった。今はそこにある書物を楽しむ心境になれたと述懐している。思えばそれから又30年である。今もその姿勢は変えず。読書は精々楽しみたい。
 

平野様

 投稿者:徐完洙メール  投稿日:2006年 9月 9日(土)21時49分4秒
  前略.

貴 八尾クラブの 後藤会長と会員皆様のお健康を祈ります.
私は第3660地区(韓国 釜山)釜山釜田クラブの 徐完洙と申します.
「ロータリの友」9月の 八尾ロータリークラブの ホームページを見てくださいという題目の平野様の文を読んで 大変 感動を受けましたので 大喜びでこのメッセージを送ります。平野様に向かい尊敬の心を入れで 私の個人的に 運営する 韓国語のロータリーのホームページに 載せる予定です.
今後 貴クラブのホームページにたまに訪問致しますが宜しくお願い致します.

敬具

徐完洙
第3660地区
釜山釜田RC
wansus@korea.com
http://www.rotaryws.com

http://www.rotaryws.com

 

パソコン日記ypり

 投稿者:平野大太郎  投稿日:2006年 9月 9日(土)11時09分34秒
       「自民党総裁選挙」                          9月9日・土・2006年
新聞、テレビで会見が始まっている。私が希望したこと。即ち諸般の政策を語る前に日本のあり方、その将来を 明るく、熱っぽく語ってほしかった。三者(安部、谷垣、麻生)もいわず、マスコミも聞かない。何を言うのか。例えば日本のアイデンチチー、自信をとりもどす。極端には親に孝、兄弟仲良くで良いではないか。もっと、国民にそうだと思わせる言葉があるはず。それを言って欲しかった。一応小泉政権との違い、発展・格差社会・消費税・外交・教育・福祉の根本思想は語られた。不満は残るが点数にして60点、及第すれすれと評したい。以上で終わる。
少しずれるが感想を。タブーが多すぎる。ものいえば右翼、好戦、独裁と言うことになる。少しずれるが、麻生が年金の蓄えが190兆円有ると発言した時、安部谷垣はそれは言わないタブーだったはずと言った表情に見えた。私の聞き違い、思い違いだったかも。でもテレビは真実を写す機能はすごい。
話題を変える。朝日新聞の社説は奇妙なことを言う、小選挙区の為に自民党内は次の政権寄りになって議論が無くなったと言う、しかし小選挙区の長所は政権交代が容易になることである。幸い民主党が曲がりなりに復活した今両党で議論を戦わせるのが本来である。今の自民党選挙で政策論争が多すぎれば、党は割れる道理である。マスコミ全部が間違っているのではないか。私は浜口民政党緊縮内閣が失敗して田中政友会内閣が救った史実を知っている。今一度そこまで思いをいたすべきである。今の民主党は尚力不足だが、二大政党が政権を争う選挙が理想である。朝日は本末を誤っている。
 

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