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自助グループ「あっかんべぇ!」のやかちゃんからの転送です。
第53回サバイバル・フェミニズム―読書会をしよう
日時:11月8日(日)お昼13時〜5時くらい
場所:プロジェクトQボックス(ホームページ地図参照)
参加費:200円(場所代カンパ)
参加の制限はありません。当日飛び入り大歓迎!
次回テキスト:
『女と刀』(中村きい子著 1976年初版)
(すみません。絶版でした。図書館、中古をあたってください。)
『山川菊栄評論集』(鈴木裕子編 1990年 岩波文庫青162-3 760円+税)より
Ι女の立場から
「日本婦人の社会事業について伊藤野枝氏に与う(1916年)」
「現代生活と売春婦(1916年)」
「自滅を急ぐ女子教育家(1918年)」
「母性保護と経済的独立(1918年)」
「労働階級の姉妹へ(1919年)」
「自由社会における妻と母(1920年)」
読書の秋!読みたい本を持ち寄ろう☆
主催:生と性はなんでもありよ!の会 プロジェクトQ
連絡先:E‐mail=survival_feminism@yahoo.co.jp 電話=090-3842-8759
ホームページ http://d.hatena.ne.jp/survival_feminism/
とある集まりで自己紹介をした時のこと。
これまでの私だったら、訊かれてもいないのに自分のセクシュアリティだの生育史だの
被害状況だの症状だのを披露し、「名乗り」をあげていました。
私の誇りとして語りたいってのもあるし、こんな人もいるんだよって、世間に知らしめ
る義務がある、それは私の闘いだ!なーんて多少強迫的に考えていたから。
でも、その時は「もういいや」と感じたのでした。「今日はソノ気になれないし」
自分が何者かわからない時期があって、おそるおそる自分に告げてみる時期があって、
自分では認めているけど他人には言えない時期、語り始める時期、そして言えるけど
言わない、選べる自由、今日はそれが降ってきた日なんだろうと感じたのです。
私はあたりさわりのない自己紹介をし、次の番になった見知らぬ人は、自分がDV
被害者でアルコール依存症者であることを語ったのでした。
(イノモト)
京都の日常から離れて、この地でも仲間と出会う。
私には私がいる。
仲間がいる。
生きていける。強くそう感じてる。
読書会の本の中のあなたに、集う仲間に、会いに行きたい。
(雨)
「刀ひとふりほどの価値も無い男よ」と言い捨てて離婚した70歳のキヲ。女であるというただそれだけの理由が無条件に人格の否定だった明治。
明治からの100年、を人びとはどう生きたのだろうか。
人格否定は手を変え品を変え私たちを取り巻いている。誇りとは、怒りとは何か、を100年前の人びとから学ぶ。
そしてそれは目の前の在日一世のオモニたちであり、ハンセン氏病療養所で出会った人たち。今日同じ瞬間を壮絶で過酷な歴史の上に誇り高く生き抜く先人たち。
何が「解決」し、あるいはしていないのか。まだ問いを立て続けなければならない。
「刀ひとふり」を価値として生き抜く「女」があり、その存在に圧倒されながら「刀ひとふり」にあらためて違和感を覚える。
「刀」は自分を守るのだろうか?刀をふりまわしたあとに散らばる死体が目に浮かぶ。
手に入れたい「刀」がまさか死刑のスイッチであっては、ならない。
(やかびゆうこ)
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